ホームインセミネーション(自宅での人工授精・自己授精)は、自宅・低コスト・プライバシー重視で試せる妊娠アプローチです。新鮮な精液を滅菌容器に受け、針なしシリンジで腟内にゆっくり置き、子宮頸部(子宮口)近くまで届けることを目指します。本ガイドは、仕組み・必要な用品・現実的な成功見込み・手順・タイミングの取り方・安全対策に加え、日本の制度・法的注意点を簡潔にまとめたものです(一般情報であり、個別の医療助言ではありません)。
ホームインセミネーションとは
提供者が滅菌容器に直接射精し、室温で10〜15分ほど置いて液化した精液を、5〜10mLの針なしシリンジで腟内へゆっくり注入し、子宮頸部の近くへ置く方法です。医療機関で行う IUI(子宮内授精)や IVF(体外受精)と異なり、実験室での洗浄・選別(いわゆる「洗浄精子」)を行いません。その分シンプルで費用を抑えやすい一方、周期あたりの成功率は臨床法より低めです。IUI の基本は英国規制機関の患者向け案内が読みやすく参考になります:HFEA: Intrauterine insemination (IUI)。
キット・用品(購入先の目安)
- 滅菌容器(使い捨て)— 検査用の採尿カップ等
- 針なしシリンジ 5〜10mL(ルアーロック推奨、使い捨て)または柔らかいピペット
- 排卵検査(LH テストストリップ/デジタルモニター)
- 精子適合(sperm-friendly)と明記の潤滑剤(必要時のみ)
- 使い捨て手袋、タイマー/ストップウォッチ、清拭用品
ポイント:「滅菌・使い捨て」の表示を確認。一般的な潤滑剤や唾液は精子運動性を損ねる可能性があるため避けます。ネット上の「ナチュラル・インセミネーション」は多くが性行為を指し、ここで解説する手技とは異なります。
成功見込みと回数の目安
自宅環境のデータは限られますが、衛生とタイミングが良好なケースで、周期あたり約5〜15%という幅が実務上よく参照されます。年齢・精液所見・基礎疾患・タイミング精度・試行回数で大きく変わります。受胎可能期間(fertile window)と排卵の関係は、NHS の患者向け資料が簡潔です:NHS: Fertility in the menstrual cycle。
手順(ステップごと)
- 準備:手洗い、作業面の清掃、滅菌・使い捨て用品を手元に配置。
- 採取:提供者が滅菌容器へ直接射精(コンドーム・唾液・一般潤滑剤は不使用)。
- 液化:室温で10〜15分待ち、自然にさらさらになるのを待つ。
- 吸引:5〜10mLのシリンジへゆっくり吸い上げ、軽くトントンして大きな気泡を減らす。
- 注入:受け手は仰向け・骨盤を少し高く(骨盤下に枕)。シリンジ先端を約3〜5cm挿入し、子宮頸部方向へごくゆっくり注入。
- 安静:20〜30分そのまま横になる。
取り扱いの要点:落ち着いて手早く行い、理想は採取後30分以内、遅くとも約60分以内の使用を目指します。過度な加温・冷却・振とうは避ける。これらの原則は WHO Laboratory Manual(2021)の取り扱い基準と整合します。

タイミングと実践のコツ
- LH テスト陽性後6〜12時間で1回目、約12時間後に2回目を検討すると排卵期を広くカバーできます。
- サンプルは室温帯で保持し、ピストンを急に押し込まない(乱流を避ける)。
- 潤滑剤は「精子適合」表示のみ使用(必要時)。
- 月経日・LH 結果・実施時刻を記録し、次周期の最適化に活用。
受胎可能期間の基礎は NHS の図解が手早く把握できます:Fertility in the menstrual cycle。
IUI・IVFとの比較
| 方法 | 場所 | 検体の実験室処理 | 一般的な評価 | 要点 |
|---|---|---|---|---|
| ホームインセミネーション(ICI) | 自宅 | なし | 周期あたり約5〜15%(データ限定・個人差大) | 低コスト・自律性高、衛生とタイミングが鍵 |
| IUI(子宮内授精) | 医療機関 | あり | IVF より低いが複数周期で実施することが多い | 洗浄精子・医療側のタイミング管理。案内:HFEA IUI |
| IVF(体外受精) | 医療機関 | あり | 周期あたり成功率は相対的に高い(年齢・適応次第) | 侵襲性・費用は高いが工程の制御性が高い |
安全・衛生・検査
既知ドナーを含む場合は、関係者全員で性感染症(STI)スクリーニングの最新陰性結果(HIV、B/C 型肝炎、梅毒、クラミジア、淋菌など)を確認しましょう。世界的な背景整理は WHO: Infertility fact sheet が有用です。サンプルの扱いの基本は WHO Laboratory Manual 2021 を参照。
日本の制度・法的ポイント(要約)
日本では、生殖補助医療に関する法制度が段階的に整備され、提供配偶子を用いる医療の対象や親子関係の取り扱いに枠組みが設けられています。法的婚姻のある夫婦を中心に運用される点や、ドナー関与の扱い・記録管理などは、厚生労働省・関連学会の資料で確認できます(英語資料も一部あり)。
- 制度・法令の英訳概要:Act on Assisted Reproductive Technology Offering(英訳)
- 提供配偶子の取扱い等に関する整理(厚労省英語ページ):MHLW – donor gametes に関する整理
- 学術・倫理面のレビュー(日本産科婦人科学会関連報告の概観など):JSOG Ethics Committee 2022(PMC)、制度課題の解説:Hibino 2020(PMC)
ホームインセミネーションは医療機関外での任意実施に当たるため、親子関係(認知・戸籍)や監護・扶養などの法的影響が生じ得ます。産婦人科医と法律専門家に事前相談し、書面合意(責任・費用・将来の関わり)を準備するのが安全です。
医療機関に相談すべきとき
- 35歳未満:適切なタイミングで12カ月試みても妊娠に至らない
- 35歳以上:おおよそ6カ月試みても妊娠に至らない
- すぐに:月経不順が強い/無排卵疑い/強い下腹部痛・発熱/子宮内膜症・PCOS・甲状腺疾患など既往がある
受胎可能期間の手早い復習:NHS – Fertility in the menstrual cycle。
まとめ
ホームインセミネーションは、滅菌・使い捨ての器具、清潔な環境、迅速で丁寧な取り扱い、そして正確なタイミングを守れば、現実的な選択肢になり得ます。数周期うまくいかないことは珍しくありません。記録を基に調整しつつ、必要に応じて IUI・IVF といった臨床選択肢や最新の制度情報も検討してください。

