精子がどれくらい生き残るかは、避妊の理解、妊活の計画、性教育に直結します。本稿では体内と体外での現実的な生存時間、温度・pH・乾燥といった鍵となる要因、よくある誤解をまとめました。根拠は NHS、WHO Laboratory Manual 2021、NICE CG156、HFEA などの公的情報に基づきます。
精子と精液のちがい
精子は受精を担う男性の生殖細胞。精液は精子を包む保護・搬送の液体で、酸性に傾いた膣内環境を一時的に中和し、果糖などのエネルギーを供給し、酸化ストレスを低減します。この「保護環境」が失われる(皮膚・布・空気中で乾く)と、運動性は急速に低下し、乾燥後は受精能力がありません。
要点サマリー(数値の目安)
- 体内(排卵期の頸管粘液~子宮・卵管)では通常 2~5日、最大でおよそ 5日 生存(NHS)。
- 体外は短時間のみ。精液が湿っている間に限られ、乾燥すれば不活性。
- 検査用の採取では、体温近くに保ち 約60分以内 の処理が推奨(WHO 2021)。
- 持続的な高温は運動性低下とDNA損傷リスク上昇に関連(NICE)。
- 長期保存は −196°C の凍結保存のみ有効(HFEA)。
つくられる場所と成熟の流れ
前駆細胞から受精可能な精子へ成熟するまでにはおよそ 2~3か月。運動性や受容体の反応性といった「機能的成熟」は主に副精巣で完了し、ここで 数週間 一時的に貯留されます。古くなった精子は分解・再利用され、長年にわたって蓄積されるわけではありません。
環境別の生存時間(現実的な目安)
- 膣・子宮頸部(排卵期の頸管粘液):最大 5日。保護・誘導効果あり(NHS)。
- 子宮・卵管:多くは 2~5日。粘液の質や局所免疫の影響を受けます。
- 非排卵期の膣内:酸性が強く、目安は 数時間 程度。
- 空気中・皮膚・手・衣類・寝具:乾燥するまで(薄い膜は 1~5分 で乾きやすい)。乾燥後は不活性。
- 口腔・唾液: 数秒~数分 で運動性低下。酵素や浸透圧の差が原因。
- 水道水・プール・海水:多くは 秒単位 で機能低下。温度変化や浸透圧、塩素が膜を傷めます。
- コンドーム/採取カップ(室温):湿っている間のみ。多くは 数分~1~2時間未満。受精の起こる環境ではありません。
- 採取カップ(約37°C):検査用は 約60分以内 に処理(WHO 2021)。
- 凍結保存(−196°C):長期保存が可能で、解凍後も一定割合が生存(HFEA)。
- 家庭用冷凍庫(−20°C):不適。氷結晶で細胞が壊れます。
- ホットタブ・高温浴(約40°C):高温+薬剤で生存はごく短時間。
体内移動と妊娠しやすいタイミング
射精後、精子は 数分 で頸管、 数時間 で子宮・卵管へ到達。排卵前後には頸管クリプト(小さな粘液のポケット)に待機でき、最大 5日 の「受精チャンス」が維持されます。妊娠は 排卵日の5日前~当日 の性交で起こりやすいことが一貫した実データです(NHS)。
温度と臨界値
精巣は体幹よりやや低い温度で最適に働きます。座席ヒーター、ホットタブ、非常に熱い入浴、通気性の低いきつい衣類など、継続的な熱は運動性を下げ、長時間ではDNAの安定性にも影響し得ます(NICE)。
- 約 34°C:精巣に好ましいレンジ。
- 約 37°C(長時間の着座など):局所温度上昇とともに運動性低下が測定されます。
- 40°C以上:運動性の明確な低下、DNA損傷指標の上昇。
- 42°C超:短時間でも不活性化が速く進み、持続的影響の恐れ。
身の回りの熱源とテクノロジー
膝上ノートPC、前ポケットのスマートフォン、通気性の低い合成繊維の衣類は、局所温度と酸化ストレスを上げがちです。ノートPCは机の上で、スマホは上着やバッグに、衣類は通気性を重視するだけでもリスク低減につながります。

精子の質を守る日常ヒント
- 高温を避ける:ホットタブや極端に熱い入浴は控えめに。座席ヒーター・膝上ノートPCは直接接触を避ける。
- 食事:野菜・果物・全粒穀物・オメガ3の摂取と十分な水分。
- 活動と睡眠:週 約150分 の中等度運動、1日 7~8時間 の睡眠。
- ライフスタイル:禁煙、飲酒の節度、ストレス対策(休養・就寝リズム)。
- 妊活中:必要に応じて医療機関で精液検査を。手順と基準は WHO 2021 を参照。
保管と取り扱いの基本
短期の目的(検査・治療)は「採取後すみやかに体温近くで運搬し、約60分以内に処理」。長期保存は医療機関の凍結保存(−196°C)が標準で、家庭用冷凍庫は不適です(HFEA)。
受診の目安
- 35歳未満:避妊せず定期的な性交で 12か月 妊娠しない場合。
- 35歳以上: 6か月 妊娠しない場合。
- 早めの受診:月経不順、排卵がない、強い痛み、基礎疾患がある、精液検査で異常が示唆された場合。
妊娠までにかかる期間の概略は NHS の解説が参考になります:How long it takes to get pregnant
神話と事実―短く明確に
- 「精子は7日間いつでも生き残る」:現実的には排卵期の頸管粘液で最大5日、7日は例外的。
- 「コンドーム内で長く受精可能」:湿っている間のみ短時間。乾燥後は不活性。
- 「空気が当たるとすぐ死ぬ」:鍵は乾燥と浸透圧・化学条件。空気自体が毒ではない。
- 「唾液は中性だから安全」:唾液は精子に不利で、短時間で運動性が落ちる。
- 「家庭用冷凍庫で保管できる」:不可。長期は医療の凍結保存のみ有効。
まとめ
体内では排卵期に最大5日、生存の可能性が続きます。一方、体外では生存は短く、乾燥後は受精能力がありません。熱源を避け、生活習慣を整え、必要に応じて医療評価を受けることが、運動性と全体的な品質を守る現実的な方法です。